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2004/10版 その1



2004/10/01 (金)

オヤジ、参上

オヤジが出てきた。なんと言うこともない話をする。ガキの頃は単身赴任が多くて、怖い存在だったオヤジ。朝、飯のために起こしに行くと、偉く不機嫌に(意味もなく)怒られた。曰く、起こし方が下手だという理由。だから、ガキの頃、オヤジとの記憶は、起こしに行って怒られたくらいしか残っていない(よくグレなかったもんだ。オレが。)

会社に入って、ようやく同じ視線で話ができるようになった。大学を出て、飯だけは一人前に食えるようになり、そして話をする。オヤジは出張で出てきたのだった。同じ業界ではない。全く違う業種なのに、親子だというそれだけで、掛け値なしの話ができる。おもしろいもんだ。



2004/10/02 (土)

ザッピング −グッとくる番組を探して−

気が付くと、あまりおもしろくない番組ばかり。見る人が見ればおもしろいのであって、自分だけがつまらないと思っている(じゃなければ、その番組は早々に終了するだろう)のだが、それが故に自分にグッとくる番組がない。日中は会社にいるから、そんなにテレビを見ない生活なのだから、普段から見ている人にその主導権があるのは間違いないのだが。

本当に見たいものはスゴ録にお願いしているので、それほど気にすることではないのだが、なかなか番組がないことがある。スゴ録から見るのもいいし、手持ちのDVDを見るのもいいのだが、なんだか負けたような気がして味気ない。スカパー!(おお、Atokでは「すかぱー」と入れると「スカパー!」と変換されるらしい)に加入すればもっといい番組があるのかもしれないが、では、自分が見たい番組はどんな番組なのか、といわれると、ちょっと困る。つまり、言われたところで出てこないが、少なくとも今この瞬間に放送されている番組はおもしろくない、ということなのだ。まるで「今日の夕飯どうする?」と聞かれて「なんでもいい」といってるのに、「今日は肉じゃがか・・・」とつまらなさそうに返答する、夫婦コントみたいな状態なのだった。

すると、必然的にネットに向かう。これも結局ザッピングを繰り返す。自分の希望が具現化できないのに、現状に不満を漏らす。それが会社では許されないことだとわかっていても、どうせ一人暮らしだ、会社ではそんなことを言わないよ、と自分に言い聞かせながら。




2004/10/03 (日)

ヒット賞 −その人からにじみ出てくる言葉、言霊−

その人の口癖というのがある。モノマネはおそらくこれを見いだせるかどうかの問題なのだろう。口癖は、ギャグではない。つまり、誰かを笑わせようという意志はない。その人からでてくる言葉の中でも、きっと自分の感覚に(辞書の意味とは関係なく)フィットする言葉が、その人にとってのヒット賞なのだ、と思う。

たとえば、「うん」「はい」といった単純な言葉から始まって、「その件は」「実際問題」「あくまでも」と、自分のヒット賞を持つ人は数多い。ちなみに、先に書いた言葉は、周りの人のヒット賞ではなく、単に隣で流れているテレビから気が付いた言葉を並べているだけなのだが。

他人の言葉は、意外と気が付く。そして、長いこと接していると、その言葉は意味のある言葉ではなく、単なる感動詞の意味合いを強くもっているものとして、聞く側が解釈してしまうが、初対面の人はそのフィルタが存在しないので、どうしても字面通り、額面通りに反応してしまう。初対面の人に面食らったりすることになる原因の一つは、この辺にあるのかもしれない。

まぁ、そんなことをまじめに考えても仕方がないのだが、自分にとってのヒット賞はなんだろうか。



2004/10/04 (月)


2004/10/05 (火)

教え子からのメール

教え子からメールが届いた。いや、正確には「どうしてる?」というオレのメールに返信があっただけの話なのだが。

教え子とはいえ、何を教えたということはなく、バイト先で塾の先生をしていただけで、先生と呼ばれるのも、今となっては恥ずかしい(当時は先生と呼ばれることに、本当の先生になったような錯覚を覚えたのも、また事実なのだが)。

結論から言おう。先生とは、「人の人生を変えてしまうかもしれない職業」だ。国会議員しかり、医者しかり、学校の教師しかり。この業界では、人をからかって「先生」ということもあるが(その理由はわからないが、経験豊富な人のことを刺す場合もあるし、特に年齢が高いことをからかっているだけの場合が多い)。

教え子の人生を変えるようなことを言ったつもりはない。結果として人生を悪い方向に変えたこともない(と思っている)。だけど、教え子は先生と呼んでくれる。ちょっと気恥ずかしい。

ちなみに、夏目漱石の弟子であった内田百ケン(ケンは門がまえに月)は、陸軍でドイツ語を教えていた。後に、「まあだかい」の中で、無実の罪で警官に捕まってしまうが、このときに陸軍の名刺を出して、警官が謝罪したという逸話が書かれている。しかし、彼はその「まあだかい」の中で、「私は教え子という表現は好きではない」と書いている。確かに自分も好きではないが、他に適切な言葉が見つからない。

仕方がない。漱石を師匠として、実際に職業としての教師をしている作家と、そこらの会社員を一緒にすることが、そもそもの間違いなのだから。



2004/10/06 (水)


2004/10/07 (木)


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2004/10/10 (日)



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